大橋マキの退社理由は側弯症が原因だった?旦那や現在の仕事など調査!

大橋マキ

フジテレビのアナウンサーとして活躍していた大橋マキさん。

1999年に入社し、2001年にわずか2年でフジテレビを退社しました。

人気絶頂のなか退社した理由として、脊柱側弯症が原因だったという噂がありますが、本当なのでしょうか?

現在は結婚されているようですが、旦那さんや現在の仕事が気になりますよね。

今回は大橋マキさんの退社理由と、旦那さんや子供、現在の仕事について徹底的に調査しました。

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目次

大橋マキの退社理由は側弯症が原因だった?

大橋マキさんがフジテレビを退社したのは健康上の理由だとされていました。

大橋マキさんは高校生のころに「脊柱側湾症」を患っていたので、退社理由はそれが原因ではないかと噂されていましたが、そうではなく精神的に辛く健康を損ねてしまったことが原因のようです。

高校生の頃、脊柱側弯症という成長期の病気で、日中や就寝時のコルセット治療とあわせて、母が背中をさすってくれていた

引用:frag lab

脊柱側弯症とは、脊柱を正面から見たときに、左右に曲がっている状態のことをいいます。

軽度の場合は定期的なX線検査などの経過観察のみで問題ないですが、一般的に側弯が20°~45°程度の中等度の側弯症の場合は、進行防止のためにコルセットを装着した治療を行います。

大橋マキさんはコルセット治療を行っていたので、中等度の脊柱側弯症だったと考えられます。

ただフジテレビの退社理由は、脊柱側弯症が原因ではありません

後のインタビューで、心が限界だったと語っています。

大橋マキさんがアナウンサーを目指したのは、「取材で見聞きしたことを自分の言葉で伝えたい」という情熱があったからで、報道に携わることが夢でしたが、回ってくる仕事はバラエティーが中心。

スポーツ選手の取材では、親しみを込めたものだったと思うのですが、ポカッと頭をたたかれることが多く、なかなか真摯なインタビューが叶いませんでした。

引用:日経woman

「視聴者のみなさんに笑ってもらう」という役割だったのかもしれませんが、当時の大橋マキさんはその役割を自分で受け止めて消化することができなかったそうです。

番組を終えてアナウンス室に戻るエレベーターの中で、涙が静かにあふれていました。自分の意志とは関係なく落ち続ける涙。

「仕事が辛い」「辞めたい」と思っていたわけではないのですが、心は限界だったのかもしれません。

引用:日経woman

フジテレビの退社理由は脊柱側弯症が原因ではなく、報道に携わりたいという夢と、バラエティー中心の現実との違いに心が限界を迎えてしまったことが原因でした。

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旦那や現在の仕事を調査!

大橋マキの旦那

大橋マキさんは2002年に結婚されています。

旦那さんは、CMクリエーターの志伯健太郎(しはく けんたろう)さんです。

結婚した当時、志伯健太郎さんは「電通」に務めていましたが、2011年に退社し独立。

現在は、映像などを手掛けるクリエイティブエージェンシー「GLIDER」の代表をしています。

志伯健太郎さんは現在までに数々のCMや映像を手がけており、カンヌ、アドフェスト、ACC、文化庁メディア芸術大賞、消費者のためになった広告賞、ギャラクシー賞、フジサンケイグループ大賞、TCC新人賞、宣伝会議賞、毎日広告デザイン賞、JRポスターグランプリ、NYADCなど、国内外で多数の賞を受賞しているすごい方です。

2008年に長女、2011年に長男を出産していて、大橋マキさんは2児の母です。

小さいころのお子さんの画像がこちらです。とてもかわいいですね!

長女の名前は明かされていませんが、長男は環太くんという名前です。

「いい仲間に出会い、太く繋がって 生きていってほしい」「イタリア語やスペイン語で”歌う”の意から、人生を謳歌してほしい」との願いから「環太と名づけました」と明かしている。

引用:オリコンニュース

2023年現在は長女が15歳、長男が12歳になっています。

大橋マキの仕事

大橋マキさんは現在アロマセラピストとして活動されています。

大橋マキさんがアロマセラピストに興味を持ったきっかけは、アナウンサー時代に情報番組の取材でアロマセラピーサロンを訪れたことです。

睡眠や食事もきちんととれないほど忙しく過ごしていた当時、取材の本番中にも関わらず、アロマテラピー施術中にうっかりうとうとしてしまったのです。

初めてお会いしたセラピストさんにこんなにも気持ちを許し、リラックスしてしまうことに驚きました

引用:frag lab

あまりの衝撃に、その体験取材の翌日、アロマセラピーの通信講座を申し込んだそうです。

すごい行動力ですよね!

その後イギリスに留学し、植物療法を学んだ大橋マキさん。

帰国後はライターとしてアロマに関する取材や執筆をしたり、アロマセラピストとして病院で働いていました。

2008年にはオリジナルアロマのプロデュースを手掛け、長女を出産したころには目黒区に家を建てました。

しかし、毎日のように六本木にあるスタジオと家を行き来して恵比寿のジムに通う生活は、便利な反面、忙しすぎると感じていたそうです。

そんなとき、旦那さんの仕事の関係で2009年3月から約半年間、オランダのアムステルダム暮らすことになります。

アムステルダムはすごく空が広くて、家の近くには運河が流れていたので、毎日のように娘をダッチバイクに乗せて遊びに行っていました。日本に帰国したら、空が広くて水辺が近い場所に住みたいなと思っていたんです。

ARUHIマガジン

アロマセラピストとして働いていて、植物や土にもう少し近づきたいという気持ちがあった大橋マキさんは、オランダでの生活がきっかけで、神奈川県葉山への移住を決意しました。

移住先を葉山にしたのは、大橋マキさんは鎌倉生まれで身近な土地だったこと、旦那さんのサーフィン仲間や大橋マキさんのボディーボード仲間が葉山にたくさんいることが決め手だったそうです。

2018年には、葉山で介護家族やシニアを支援する一般社団法人はっぷ(葉山つながりプロジェクト)を立ち上げました。

「はっぷ」ではガーデニングや植物遊び、季節の手仕事を通じて多世代が混ざり合う場づくりのほか、園芸療法によるシニア世代の健康づくりのお手伝いをするなど、地域に根差した活動を行っています。

アロマによる空間演出やデザインを手掛けたり、畑でハーブを栽培しながら、毎日充実した暮らしを送っているそうです。

最初は介護者のためのアロマの講座をやったりしていたのですが、単発ではなくて、継続的に畑を一緒に作ったりするほうがいいと思ったんです。介護をしている人、子育てをしている人と一緒に土を触り、かまどでご飯を作って食べる。町をひとつの大きな家族と思えば、お年寄りといることも、子育てをしていることも、助けあえるんじゃないかと

引用:frag lab
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まとめ

今回は元フジテレビアナウンサー・大橋マキさんの退社理由と旦那さんや子供、現在の仕事について徹底的に調査しました。

アナウンサー時代に心が限界を迎えてしまった大橋マキさんですが、アロマセラピーとの出会いで元気を取り戻したようですね。

イタリアや目黒、オランダでの生活を経て、現在は家族で千葉県葉山町に移住し、アロマセラピストとして活動されています。

やりたいことを見つけてどんどん行動していく大橋マキさん、素敵な生き方をされていますね。

これからも応援していきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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